喉が渇いた時には

 トマトジュースが大好きだ。別に冷えてなくてもいい。多少ぬるくたってかまわない。氷は入れないで欲しい。どろっとした、粘り気のある、水面につぶつぶが見えるようなやつがいい。ふた夏ほど前から流行っているサラサラしたトマトジュースはいやだ。ビンやカンのままでもかまわないが、グラスに移すなら必ずグラスを洗ったあと表面に残った水滴をふき取って欲しい。薄まるのがいやなのだ。塩は始めから入っているのがいい。多少塩気がきついくらいのでもいい。無塩のであれば香りのよい塩をほんの少し入れて欲しい。
 トマトジュースのようなキスも好きだ。痩せて少し筋の浮いたような細い首に顎を開いて大きく噛みつきほんのわずかに犬歯を立てる。少しの分だけ息を吸ったら力を放してほとんど触れないくらいになめらかに、ゆっくりと、口を閉じていく。音もしないほどなめらかに金属の表面を水滴が走るように。唇と肌の間に和紙のような空気が一枚あるといい。なめらかに、だが、肌とこすれると塩気のある匂いに触るのもいい。空気が乾いてるならなおいい。終わるまでこちらは見ないで欲しい。遠くにある心臓の匂いもするだろう。
 トマトジュースのカクテルも好きだ。レッドアイもいいらしいがブラッディマリーが一番いい。冷凍庫で凍らせたスピリタスを使うのがいい。酒として味はあまりよくないが、トマトジュースが薄まらないのがいい。この場合ジュースは冷えていた方がいい。しかし絶対に凍っていてはいけない。凍ったトマトジュースは味が落ちる。塩はウォッカの味にあわせて使う。グラスも冷やしておかねばならない。長い筒の底を掘り返すようにステアする。氷を使うならすばやくしなければならない。ガラスの壁に霜がおりればそれでいい。レモンはどちらでもいい。ほどよくできていれば無い方がいい。ピールを三日月にして飾ってもいい。最後にソースを振る。やや多めに振ってくれる方がいい。辛味のきついウスターソースを選ばなければならない。ビネガーと一緒にどばどばチップにかけるようなのがあればそれがいい。必ずストローは刺さねばならない。ストローで混ぜて飲んではならない。生命の最もおいしいところを掬い取るように、グラスの底から吸い上げるのが一番だ。ソースの味のきつい部分が最後に残り、倦んだ味がするのもまたそれがいい。