無限広告

 いつものことだが人恋しくてたまらない。
 そしていつものことだがそれを必死で押さえつける。
 調子の悪い時ほど誰かに会いたくなる。そして調子の悪い時ほど、会えばきっと迷惑をかけてしまうだろう。
 だから一人で押さえつける。誰だってそんな時にはそうしているのだ。
 何度もメーラーを見る。携帯を開いたりもする。さっき見たばかりだのに、誰かから便りが届いてはないかとつい期待をかける。たいてい数十通ほどの広告メールや頼みもしないのに届けられるメールマガジン、そんなものが来ているばかりだ。けれどそれすらも、妙に嬉しかったりもする。また妙に悲しかったりもする。どうしてわたしなんかのところに、流れ着いてしまったのだろうか。誰かが遠くで叫んだ音の残骸が、わたしのいる離島に流れ着いているのかもしれない。
 耐え切れずわたしも、叫びそうになることもある。だが叫ぶなら、意味のないことを叫べばよい。シェイクスピアはつくづく偉大だと思う。何も意味をなさない音に、ただ純粋な怒りだけをのせて叫べばよい。