数字から落ち込んでいく穴へ

 上記のようにカウンタを借りた。書いたように有料である、そして実際に支払われたお金はわたしの財布から出たものでなく、ひとからいただいたポイントである。これはとても申し訳ないことのように、わたしには思われる。
 今自分の履歴を調べてみると、わたしは過去に16件の質問に答えている。そして一回を除いたすべての回答についてポイントをいただいている。だが、そのほとんどすべての質問はわたし自身のために答えたものだ。これはポイントが欲しくて答えたという意味ではない。この日記自体や、この日記を含めた親サイトのように、非常にわたしの個人的な必要に従ってその質問に答えさせてもらったものだ。わたし自身の中にあった、まだはっきりとした形にはなっていないが、自分自身がそれをつかんで吐き出すことが必要な何かに、たまたまその時共鳴するような問いかけをしてもらったのだ。それをきっかけにして、わたしは自分の何かを解決しようとしていただけなのだ。
 だからそもそもそれでポイントをいただくということ自体、申し訳なく思っていた。せめてそれを自分のために使うことはせず、何かの質問を自分がすることではてなのまともな参加者の方々に還元させていただくか、あるいはそれをポイントのままで持ち続け、運営会社に還元しようかというくらいに考えていた。
 しかし今回別に思うところがあり、それまでまったく考えてもいなかった、カウンタを自分の日記につけることにした。そのためには、今までにこうしていただいたポイントを使わざるをえない。誰の役にも立たないどころか、ほとんどの人にとっては害でしかないようなわたしの日記にそれを使わせてもらうのは、社会的な常識やはてなのルールがどう言うかはどうでもいいことなのだが、わたし自身の原則がそれを許さない。ポイントを買ってそれを使おうかとも思ったのだが、現実のお金でこうしたものとのつながりを一切持ちたくないという、もっと高位の原則がある。
 くだくだしく書いてしまった。わたしはわたし自身を納得させられるような言い訳を何か探そうとしているのだろう。このこと自体が言葉をほつれさせる。
 わたしは誰のためにでもない、わたし自身のどうしようもない必要のために、あらゆる人に毒を吐き彼らが大切にしているかもしれないものを傷つけ彼らとわたしを責め苛んでいるのだ。それについて許されることだとは絶対に思わない。何の言い訳のできることでもない。
 それはこの日記に限ったことではない、この本サイトはもちろん、質問への答えもそうだ。いや、それ以前にわたしが日常に生きて誰かと出くわし何か言葉を交わしていること自体がそうなのだ。わたしはすでに地獄に落ちている。
 それならば、わたしはこの行為をまっとうすべきであろう。今回使わせてもらったポイントをいただくことになった、過去のどなたかの質問と、それへのわたしの回答をここで公開することにしよう。ただし、はてなの質問システム自体へのある種の義理を果たすために、あくまで既に開かれており誰もが見ようと思えば見ることができるようになっている回答に限る。
 今後、もし何かの質問に答えさせていただくことがあるとしたら、同様、日記上で公開させてもらうことにする。


追記:この日記の二つ目のカテゴリ「回答」をこのために作成する。