思い出したこと

 数日前に、正確には27日か、定期の読書会があった。会後、廊下の隅で一人煙草を吸っていた。その日は珍しく普段はまったく来もしない、形式上同級生になる、実際には相手の方が二三年下なのだが、男がやってきていた。わたしほどではないが彼も研究室では数少ない喫煙者で、そうしていると彼もやってきて煙草を吸った。久しぶりだったのでとりとめもないことを喋っていた。わたしなどとは違い快活で健康的、明るく楽しい男だ、ただしなにごとにも調子がよく、その調子のよさの裏には限りなく冷酷なところがある。自分の関心のないことにも愛想よく話を合わせてくれるが、それが浅薄にすぎないことはみんなが知っている。手ひどく書いてしまったが、そうしたところまで含めた上でわたしは彼にひとかたならぬ好意をもっている。好意の裏に嫉妬と羨望、それから来る憎しみがあることは否定しない。だがそうしたものを越えて、別に何をしていなくとも、彼と一緒にいるのは楽しい、楽しいだけでなくごくまれにだが気の安まることもある。だから彼が好きなのだが、わたしはどうしても人に迷惑をかけてしまうような性質なので、こちらから彼に連絡することはほとんどない。何かの用事でたまたま会ったりするだけが彼との接点になっている。
 三々五々人々は帰ったが、われわれはそのまま話をしていた。煙草を吸える場所が数少ないということもある。最後まで残っていた数人がわれわれの前を通り過ぎて帰り、その内の一人、その日の発表者の女の子だけが帰って来て三人で話した。
 その後、真っ先に帰っていったと思っていた後輩の一人が、最下回生の女の子を一人引き連れて帰って来て、来週の分のテクストをコピーするというのでまた研究室にみんなで帰った。
 とても不思議なことなのだが、わたしは彼と話している間ずっと、彼に激しい殺意を抱いていた。それは敵意というよりも、むしろ純粋な殺意だった。わたし自身のためにだけでなく、彼本人のためにも、彼を殺してあげなければならない、そんな妄想だった。それが異常なものだというのはもちろんはじめから分かっていたし、それを外面にわずかでも出しすらしなかったが、わたしにとっては貴重な人間である彼に、なかなか抑えきれない殺意を抱いていた。
 わたしはいったい彼の中の何を討とうとしていたのだろう、いったい誰を彼の中に見ていたのだろう。