掃除にまつわるいろいろ

 部屋の片隅、これまで文庫本を詰めたボール箱を積んであったあたりを更地にして清掃する。まず目に付くゴミを拾い掃除機をかける。ほこりや髪の毛を除くためコロコロと粘着テープを回す。張り付くものが絨毯のけばだけになるまでしつこく、力を込めてつまらないプラスチックの音をたてる回転軸をコロコロ、コロコロ鳴らし続ける。仕上げにマイペットをまぶして雑巾をかける。それだけのことに腕が痛くなる。
 一旦空にした本棚に、箱を戻してしまうと取り出せなくなるスペースから、あまり手に取りそうにない本を戻していく。この本を持っていたのかと思うようなものも出てくる。確かに目を通した覚えはあるのだが、買っていたとは思わなかった。金枝篇、クリスティ、鷺沢萌ゼラズニイ、特に分類することもなくただあるものを詰めていく。どれも痛んだ本である。どこかの古書店で眠っていたものを一絡げに買ったものだろう。同じ本が二冊三冊並んでいることもある。
 この五年間で今、本は一番少ないかもしれない。大部分を送ってしまった。開けた場所を同じ手順できれいにする。コロコロ、コロコロと。ほんの一年程前、まるでわたし自身が抱え込んだ世界を具現したように、この部屋は地獄のありさまだった。積み上げた本が壁を覆い隠し、その足元は崩れ果て書籍の沼になっている。掃除もできたものではなかった。ただそこに存在するためだけのスペースを二つ確保して、あとは荒れていくに任せた。段ボールの山に遮られ手の届かなくなったコンロには塵芥が積もり、寝床の半分は雑誌と文庫、ペーパーバック、それに酒壜に埋もれていた。交換もされない蛍光灯はやがて光るのをやめ、そこは廃墟というよりも、むしろ部屋自体が病んでいるという様相を呈していた。その中に閉じ込められたわたしは自分自身も朽ちていくのをただ座り込んで何日も待ち続けていた。時計が壊れたように時間は進まなかった。起きているのか寝ているのか、覚めているのか夢にいるのか、全てが曖昧なままで、壊れた時計の歯車がたまに息を吹き返してカチリとひと噛みふた噛みまわるように、わたしは自分の腕を動かし、だがそれが何かに当たるとその部分が崩れ落ちた。時々煙草を挟んだ指の隙間から外を見た。何が見えていただろうか、何を測ろうとしていたのだろうか、バチバチとカッターナイフの刃を折る音をさせながら明滅する蛍光灯の下には、日常との繋がりを失い腐れ行く化石が並んでいるだけだった。
 一年前の残骸を今もわたしは引きずっているのだろう。誰も訪れることのない部屋だというのに、そうせずにはおられない必死さでわたしは無闇に力を入れてコロコロ鳴らし雑巾をかける。その手を潰す握力を込め、わたしは何を殺そうとしているのだろう。部屋の隅、デスクの下、そんな陰に潜んだ地獄の破片がわたしを蝕もうとする。やっきになってそれを取り除こうとしているのか。一年前、そんなわたしを気にかけてくれていた人は、大きなペットボトルと食糧を置いてそのあたりの陰に沈んでいた。週に一度二度、この腐った沼から生白い腕を突き出して、だが、ひとの手はあまりに無力でそれぞれの闇に沈んでいった。あれから最後に訪れた時、彼女は彼女の抱えた地獄をこの部屋に捨てていった。わたしはそれを独りで抱える覚悟をしていた。灰皿の匂いは死臭に似ていた。部屋のどこからもその臭気がした。今も、まだ。拭き終わった絨毯に消臭スプレーを湿り気が出るまでまぶし続ける。それから次の部分へと移る。掃除機をかけてコロコロ回す。どれだけ新しい粘着テープを使っても、必ず数本髪の毛がついてくる。いらいらと新しい粘着面に剥がし再び必要以上の力を込めて目に見えない誰かのゴミを取る。コロコロ、コロコロ、空回りの時計は回る。