雲丹(ウニ。海胆、海栗などとも書く)

 八方ふさがりのウニのような髪型をしている。ミソはムラサキウニ(食用ウニの一種、比較的お手ごろな価格のウニ)ほども入っていない。このようなたとえを使うと誤解される方がいそうなので書いておくが、ウニのあれは脳みそではない。魚で言えば真子と白子である。念のため。
 そのウニのような髪型だが、どういうことかと言うとやや長めの髪に粗いシャギーを入れ、全体的に外側に巻き返すようなパーマが入っている。髪質はあまり腰がなく、かなり細めで本来パーマを入れなければクセはまったくない。色はかなり暗めの茶色、日陰で何かの拍子に照り返した明かりを浴びたりするとふっと浮き出る程度のかなり軽い光沢がある。セットはマットワックスを使う。ほとんど乾いた状態で毛先にわずかにワックスをつけて、パーマの流れを利用して上向きに立ててやる。裁縫針よりやや細い程度にまとめてハネをいくつも出す。なのでセットには毎朝時間がかかる。これを繰り返すと八方ふさがりのウニのようになる。空に向かって思い切りトゲを突き出したいのだが、押さえつけられてままならないので横にそれ、それでもなお空を目指すというような感じだ。ウニのような髪型といっても、昔のギャグマンガ今日から俺は!」の伊藤なんとかのような髪型ではない。
 美容院に行ってしばらくの間はそれでもなんとかウニを保っている。だがだんだん髪が伸びてくるにつれ、海産物のウニとしての地位は危うくなっていく。鮮度の劣化はまず針先に現れる。それでも空を刺さんと狙う細かな針が、ほどけ、絡まり、まとまってうなだれ始める。海の重みに縛られて、天をたくらむ気概を失いただ底を這うだけのウニになってしまう。それでもウニはまだウニである。
 それがさらに伸びてくるともはやウニではなくなる。まとまった針がその重みに耐えかねて下を向き、また別の髪とまとまる。加速度的にまわりの髪を吸収し地の底へと落ちていく。もはや針のすがすがしい細さはなくなり、大気をからみ取る太い触手のようなものになる。何をたくらむのか八方に腕を伸ばし、しかしけっして空は指さないタコの触腕のようだ。何かの拍子に内側に反り返りほほをなでることもある。はねのけると今度は二本になって返ってくる。タコにからみ取られていくようだ。
 やがてパーマもほとんど取れてしまう頃には、その触手すら作ることができない。髪もたいがいな長さになり、頑として上を向こうとしない。もともとやや長めなのだ。いくつかをまとめてハネを出そうとするのだが、全て地面の方を向いてしまうのであまり役に立たない。確かにそこに触手はあるのだが、全てシルエットに同化してしまう。干されて炙られるスルメのようである。何かの拍子にパーマの名残が息を吹き返し一本だけ跳ね返ったりもする。
 こうなるとセットも前にも増して時間がかかる。パーマが消えかかるともともと何のクセもない髪なのでただ流れるだけの長髪になってしまう。せめて人前に出ても情けなくならないようなものにしようと悪戦苦闘する。朝風呂に毎朝入る習慣があるのだが、髪が濡れているとハネが出にくいのでしっかりと乾かさなければならない。その分も余計に時間がかかる。さあセットをしようと髪を乾かして鏡を向くとオバケのQ太郎のようなシルエットの顔が映っている。このまま外に出るのは会う人に対して失礼にあたるほどに見苦しい。これだから長髪は嫌いなのだが、短い髪は似合わないらしいのでどうしようもない。