面白さについて

 精神医学の本を読むのが好きだ。いわゆる心理学のお話といった感じのものから、より臨床的なもの、あるいは神経内科的、脳生理学的な見地から書かれたものまで何でも読む。実際に患者に接する医者の立場で書かれたものが特に好みだ。研究者の書いたものも嫌いではないが、平板な印象があるものが多い。医者としては問題があるのだろうが、患者との距離が取りきれていないような医師の書いたものが特に面白い。患者の側から書かれているようなものはたいていつまらない。中には読ませるものもないことはないが、たいていは三文体験記の域を出ない。どの分野にもあるだろう、その領域とまったく関係のない素人を一週間なり一年なり特殊な世界に叩き込んで、門外漢の目から見たその世界を紹介させるというような文章が。患者の書いているようなのはたいていがそんな程度の見聞録だ。潜入(突撃?)体験記のたぐいが面白くないのは、結局のところ筆者はその世界に潜入もしていなければ突撃もしていないからだが、こうした患者が書いたような精神医学の本にも同じことが言える。その世界に本当に属したことが一度もない、最初から最後までいつかは帰るお客様でしかなかったような素人が書くものが面白いわけがない。
 こうしたもので例外的に面白いと思ったものはそういうところがない。いつかは帰る客人の立場でなく、その世界に組み込まれその世界独特の感じ方や考え方を身につけ、どうしようもなく足抜けできないようなところまで絡め取られてしまった人の書くものはやはり面白い。念のために言っておくが、病気の種類やその重さ・病気が治ったことなおらなかったことなどとこのこととはまったく関係がない。もっとも本の形で目にすることができるのは比較的病状の軽い患者のものだけであるのだが。
 医師が書くものを特に面白いと感じるのも同じ理由である。読んでいて一番楽しめるのは、病に苦しんで自分のところにやってきた患者を話の種にし、笑いものにして書くだけの覚悟のある医師が書いたものである。
 だから患者の書いたもので面白いのは、たいてい自分の感情をほとんど交えずに淡々と経過を詳細に記述してあるだけのものか、病を生活のいいわけに使うような自分をなじり笑うようなものだけである。そうした本には他の患者をいたぶり、医師や家族をさいなみ、そうする自分を離れたところから見ているような目があり、それが心地よいのである。