緑の傘

 久しぶりに、いくぶん調子がよくなった。
 酷暑の日々はあいかわらずだが、体調もそんなに悪くはない。朝から水風呂を用意して入る。お湯を少しも埋めていない、ただの水風呂では少々冷たすぎたようだ。だが、ひやりとした冷気が肌から身体に浸入してくるのが心地よい。わたしの身体も岩塩の溶岩になって冷たい水の中に溶け入っていくようだ。
 けっして本調子を取り戻したわけではない。それは自分でもわかっている。調子には乗るまい。だがふと木陰に入ったように気持ちがよいのだ。
 脳天の垂直線上はるか遠くから重たく真直ぐに熱線を投げ下ろす太陽の下、街中を歩いていると、まるで空気が重層構造のガラス迷路を造っているように思われる。ところどころ熱に溶かされたように湾曲し、柔らかくなった破片を撒き散らし、四方から地獄の光を乱反射する巨大な構造物がわたしを閉じ込めているようだ。わたしはなすすべもなく、その中を歩くしかない。どこへ行こうにも決められたとおりに、迷宮の曲がりくねった通路の通りに、歩かされるほかはない。むしろわたしが歩いているのではなく、わたしの周りの背景が、ジグゾーパズルのようにばらばらになって、わたしに向かって歩いてきているようだ。無頓着に、その出っ張りやへこみをわたしの身体にぶつけながら通り過ぎていく無数のピース、そのどれもが直視できないほどぎらぎら輝いている。
 そんな時、ふっと大きなやさしい街路樹がわたしの頭上を覆うことがある。緑の傘は、白く光る太陽を柔らかい緑と茶色と灰色の影にして、身体の周りに隙間をくれる。そんなふうに心地よいのだ。たとえ長く続くものではないとしても、今だけはこの影の匂いを楽しみたい。