老夫婦

 病室のベッド、父の横に腰掛けた母は近年になく明るい。病状の事や医者から言われた事、そのほかのこまごました事をとりとめなく二人でぼそぼそと語り合っている。父がほとんど厄介払いされるように(当たり前だ。営業と称して遊び歩き、ろくに働きもせずただトラブルだけ撒き散らしてきたのだから。支給された車を何台潰したことか。60前までそれでも置いてくれた会社に感謝すべきである。さすがに退職金は一銭も出なかったが)形だけでも在籍していた会社を定年で追い出されてからのこの十年、夫婦がこれほど仲良さげにしているのを見るのは初めてである。ことのほか母は嬉しそうに、生活の改善や食事のことなどあれやこれやと指図している。かつてはそんな事を誰かが言おうものなら、無駄によく響く大声を乱暴に荒げた父も、その自慢の声量を失ってただ聞いているしかない。この女にはそのことがやけに嬉しいのだろう。すぐにでも退院したいと言う父に、にこやかに笑って今月一杯は医者になんと言われようと入院させると告げている。