国文学

 前の項目に引きずられてここの題を「国文学」としてしまったが、まったく関係ないし意味もない。
 つい二日三日前、半年ほど空家だった隣の部屋に母一人子一人の親子が越してきた。このアパートにもう十年住んでいるが、引っ越してきた人にわざわざその挨拶をされたのはこれが初めてである。鼓月のやわらかいせんべいを戴いた。お腹が減っていたときに、食事代わりに食べてしまった。わたしが階段を上がってくるのを待ち構えるようにして、非常に丁寧に挨拶された。息子は自閉症だそうだ。子どもの方は母の影に隠れるようにしてわたしからは視線をそらし、それでも時々こちらをうかがう。これまでいろんな男の子を見てきたが、かなり高得点をつけられる美貌の男の子である。高い服を着ているわけではないがなかなか見られるセンスである。母のほうはそこらのおばちゃん連中と代わらない。珍しいことだが、この親子には自分の中に少し好意があるのを感じる。しかし、わたしは昼夜変わりなく起きていることが多い。そして常に何かしら音楽をかけている。このアパートは、ちょっと建築として問題があるのじゃないかと思うくらい壁が薄いのだ。それでトラブルになったこともある。隣の会話など、聞こうとすればまる聞こえになる。あまりしないが女の子を連れ込むのもなかなかたいへんだ。そんな部屋に小さな子連れで越してきて、はたして大丈夫なのだろうか。
 そうだ、こんなことをしている場合ではなかった、今日は研究室の後輩に誘われて八時半から飲みに行く約束をしていたのだ。出る支度をしなければならない。