ペルノーの緑

 寝ようか寝まいか迷っている。こういう時はたいてい寝ない、寝ようとしても眠れない。
 空腹なのだが食べるものがない。最近自炊をしていないため食品の買い置きもない。台所を書籍に占拠されたことの影響がこんなところにも出ている。口に入れられるものといえば少しのお茶と煙草の煙、それに大量のお酒である。煙草もそんなに気分ではない。お酒で腹を膨らまそうとも思ったのだが、それもまたなんだか躊躇する。ひと口ふた口ならかまわないのだが。呑むほどに酔えなくもなる。最近かなり調子も悪い。無理やり気分を高めようとしていたのだが、から元気ももう尽きた。外面だけでも保っておこうとすること自体が辛くなる。気分よくほろ酔いになれればよいのだが、ただただ冷たく醒めていく。ペルノーの一杯ごとに自分自身が遠くなり、その甘さを流す煙草の煙が醜悪でしかない自分の態度を模造する。踵、つま先、手の平、指の腹、こめかみ、それから首の後ろ。この順で雪の冷気が滲んでいく。この酒はどう呑んでも凍った酒だ。たいてい室温で氷も入れず割り水もせず、生のままで呑み続ける。割ると壊れる味なのだ。度数は高い。ものにもよるが50かそこら程度である。この仲間でも強いものでは60を越える。だが火酒によくある口に入れたときの火の点くような熱感はない。かといっておとなしい飲み口でもない。ほとんどの人には悪臭にしか感じられない強烈な香気が口蓋を切り裂き、舌それ自体を芯として青白い氷点下の炎が燃える。唇から離したグラスの上に凍った霧がガラス細工を形作る。吐き出した息と相似に踊り、だがすぐに結晶し水面に落ちる。水面は汚れた池の薄緑色をしている。何もできない。何もかもが凍りつく。思考まで、わたしの全てが瓦解していく。自身を覆う醜い仮面も、その後ろに隠していたものも、つまらない自分自身の構成要素が崩れていく。遠く突き放されたところから自分の姿をしていたものが醜悪さを撒き散らし、壊れていくのを一部始終眺めさせられる。わたしは自分を終わらせることもできないでいる。
 一人酒に溺死し、冷たい池の底に沈んでいくと、ものを掴む指の感覚が麻痺していく。自分を破壊しそうになる。グラスに浮かぶわたし自身の瞳が嫌いで、それを壊してしまいそうになる。手が触れているものがなくなる。手だけではない。身体の全てが、何にも触れていなくなる。どこにもない空間に放り出されて全ての触感が死んでいる。声が出ない。声帯すら何にもつながっていない。それを自覚した時やっと、自分が叫ぼうとしていたことに気がつく。人肌がたまらなく恋しくなる。両の手の平を目の前で平らにあわせ震える口元から息を吐きかける。人差し指の爪が淡い桃色をしている。そこからゆっくりと感覚が戻っていく。
 寝たほうがまだいいのだろうか、眠れなくても、だが寒さはさらに増す。生命であること自体に氷点下の呪いが刻み込まれているのだろうか。たまらなく寒い。くちびるも、のども、てのひらも。ああ、耐え難く寒い。