憤怒の昼食

 もう一つ、書き忘れていたことに関連して。
 メインサイトグルメマップであれほど「Chez Kikusui」を酷評した以上、時期を置いてまた行ってみなければならないと思っていた。この店に限らず、グルメマップで極端な点、つまり40点以下か60点以上か、をつけた店には半年に一度くらいは味を見に行くのが義務のような気がしている。実は今日は別の店で昼食をとるつもりだったが、そちらが混んでいたのでそのまま再来店してみた。行ってみてまた激怒した。
 まず最大の問題だった接客やサービスだが、少しマシになっていた。店員がちゃんとお客に申し訳ありません、と言っているのを耳にした。謝れるようになったようだ。だがあくまで論外の範囲内でマシになっただけのことである。子供が客席隣のピアノをかき鳴らすことはなくなったが、相変らず二匹、厨房と客室で埃を立てて遊びまわっている。ねえ、これ蝶の幼虫だよ、知ってる、と芋虫を持っている子供が厨房にいるようなレストランはもう潰れてくれていい。信じられない人が多いでしょうが実話です。
 料理に関して、質は少し良くなったようだ。野菜は無農薬農家と契約しているのだという。その割に味はないが、少なくともそこらのスーパーの野菜よりは上と言えるものを使っている。肝心の味であるが、最初に出てきたサラダとスープは前回よりマシになっている。これまた論外の範囲の中で、マシになっただけの話だが。まったく味の無かったスープは、ややきつめの塩味がするようになった。ここまでなら、味、質、それぞれ一点ずつ追加しようかとも思っていた。
 だがメンディッシュが以前よりも酷かった。酷いなんてものではない、料理の根本からしてなっていない。わたしは心の雄山が踊り出そうになるのをじっとこらえた。注文したのはスズキのポワレである。ポワレというのは難しい料理だ。失敗も多い。しかし、やや焦げたポワレが出てくるのを見たことはあるが、魚を半ば茹でたものをポワレと言って出してくる店は初めてだ。皮はぐにゃぐにゃ、身は水びたし。ソースらしきものが皿に溜まっているのだが、ソースというより水っぽいスープである。お話にならない。さらに取り合わせが最悪だ。ポワレは蒸し料理でありながら、銅鍋で皮をサクサクと仕上げカリっとした感じを出すのが旨いのである。なのにクタクタになるまで茹でた野菜の上に乗せてどうするのだ。仮にポワレが完璧でも、野菜の水気を吸って台無しになってしまうではないか。料理センスの無さもさることながら、その料理体系の基礎からなっていない。なるほど、確かに野菜は地の無農薬物、サラダよりは味があるのは分かった。だが野菜だけ取ってみても、大根など根野菜とその他葉野菜を同じだけ茹でては葉野菜は腰も味もなくなってしまう。スープの出汁ならまだ分かるのだが、これでは野菜を作ってくれた農家の人がかわいそうだ。その上珍妙な茹で焼き魚を乗せられ油っぽいのに味は無いソースをかけ回されては残飯以外の何物でもない。久しぶりに半分近くを残してしまった。
 デザートはややマシだが、それでも不味い部類に入る範囲の話だ。隣のカップルの女性の方がが、デザートはおいしい、と食後をコーヒーだけにしたらしい男に言うのが聞こえたがそんなことはない。三種、無花果のタルト、クリームブリュレ、ミントのアイスクリームが乗っていたがどれ一つとして甘味ばかりが強い。キレをまったく感じない鈍重な味である。味が無い、にほぼ等しい。許し難いのはこの程度の腕前で堂々とミントのアイスクリームを出してくるあつかましさである。この料理人には恐れはないのか。ミントは何に使うにしても、非常に難しい食材である。何も知らない素人はガムの清涼剤のイメージで気軽に思っているのだろうが、一度でも扱ったことがあればあの難しさを知らないはずもない。ミントは一見さっぱりしているようでいて、あの味と匂いの個性は非常にそれ自体がくどいのである。ちょっと加減を間違えるだけで、ミントの匂いばかりが目立った非常に下品な味になる。ミントのリキュールでも同じである。ミントとテキーラで作るエバ・グリーンというカクテルがあるが、あれを飲めたものに作れるだけでバーテンダーとしてはたいしたものだ。たいていはくどくアクばかり目立つ味になる。これもその例に洩れていない。
 そして嫌々金を払おうと厨房に近づいたら、その入り口に二人しゃがみこみ芋虫で遊んでいるのである。もう飲食店としては救いようの無い店舗である。二度と行きたくもないが、また数ヵ月後に同じように考え行ってしまうのだろうと思う。