神戸と腹筋

 測量する夢を見た。坂だらけの土地だが大きな道が不規則に交差し発展した街だ。夢の中では、なぜか神戸ということにもなっていたが、いくら神戸でもあんなに坂だらけではない。夢に見たあの土地はどこなのだろうか。わたしの知っている神戸は主に三宮から新神戸にかけてのあたりで、大学に入って京都に来たばかりの頃から数年の間、毎週働きに通っていた(そしてその最初の年が明けると、あの震災に出くわすことになった)。夢に出てきたその土地はもっとはっきりと山とわかるようなもので、多少なりとも近いのは同じ神戸でももう少し上ったあたりである。だがそのあたりの土地は、何度か連れられて行ったことはあるものの、わたし自身の印象にはあまり残っていないのだ。この夢で見た坂ばかりの街は、いったいどこだったのだろう。
 夢の中で方位磁針と分度器を使い、坂の傾きや建物の高さを測っていた。小学生の自由研究のような地図作りをしているのだった。糸を張り、角度を測り、大きな画用紙に書き込んでいく。数人でやっていたはずだ。空は晴れているのに光は曇り空のそれだった。
 そして気がつくと自分の部屋にいた。夏か、まだ暖かい時期、裸に近い格好で寝転がっていると、誰かに声をかけられる。顔は見えない。誰の声だろうか、何と言われたのだろうか。分からない。だがそこに誰かがいて、わたしに声をかけたことだけは確かなのだった。どうやらその女はわたしと暮らしているらしい。
 目が覚めてから、去年の夏ごろ、そうしてぼんやりしていたら当時時々訪ねてきた女の子に、「少しお腹が出てきたんじゃない?」と言われたことを思い出した。その何気ない一言に深く傷ついた覚えがある。昔から典型的な痩せ型でどれだけ食べても太らないものと思っていた。実際全く太らなかった。二十歳過ぎた頃には体脂肪率を見てもらったが、少なすぎて測れなかった。5%未満の人は測れないと医者に言われた。その頃はかなり大食いな方でカロリー摂取は相当に多かったはずだが。運動はほとんどしていなかった。だがこれも昔から、力は人並み以上にあった。体質的なものなのだろう。腕は細いし肩もいわゆるなで肩なので虚弱そうに見られることも多かったのだが、見た目よりはるかに筋力があるので驚かれる。腕の力はさほどでないが、握力や胸筋があるので長い机の片方を掴み持ち上げたまま運ぶなど、力任せのことができる。たぶん昔から身体の使い方が下手だったのだろう。無駄な力を日常的な行動で使い続けていたのだろう。指先は器用な方だが力の使い方は不器用だった。普通に力を入れているつもりなのだがいろんなものを壊してしまった。小さい頃から馬鹿力を出すなと叱られた。この前も折りたたみの長机の足を無理やり折り曲げようとして、文字通り折り曲げてしまった。
 小学生の頃、二年ほどの間水泳をしていたのを除けば運動自体はしたことはほとんどないはずだ。だが音楽をやっていたために、五年くらい前までは腹背筋と胸筋はかなり鍛えていた。今でもたまに体型の出やすい服を着ると、胸板が厚いと驚かれる。一番熱心だったころには腹筋は割れるくらいに鍛えていた。それ以外にほとんど体は使ってないが、体質的に太らないのだろうと安心しまた自慢に思ってもいた。
 だからその一言には傷ついた。だが確かにそういう年齢になってきたのだろうとも思った。その時は何もしなかったが、今朝起きてから久しぶりに腹筋をしてみた。予想以上に衰えていた。寝転がってかかとを10センチほど浮かす。足は真直ぐに。この姿勢を一分も保てなかったのではないか。上半身をゆっくり上げたり下げたりする、普通に言うところの腹筋運動もしてみたが、背中をつけずにやろうとすると20回ほどで力が尽きた。昔は50を1セットにして何回でもできたのだが。
 それから朝風呂に入った。昨日の酒が残っていたこともありゆっくりとつかった。髪の毛を乾かし服を着て、出かける準備を整えた。いい加減にタオルで髪を拭きドライヤーをしつこく当てる。ドライヤーを使う時は、仕上げに、前髪のここのところからと、後ろ髪のここのところから風を当てて下さいね。前回美容院に行った時、そんな注文をつけられた。わたし自身はどうでもよいが髪形を作ってくれた人に申し訳ないとも思い、なるべくそのとおりにやろうとした。左手で髪の根元を持ち上げ、彼が言っていたように根元から二箇所風を当てる。前髪は前から後ろへ向けて。後ろ髪は後ろから前に向けて。だがわたしでは彼の思い通りには到底できない。うまくまとまらないのが申し訳ないが、仕方のないことと許してもらうことにする。ドライヤーで乾いた手に薄くクリームを塗っておく。わたしの手は乾燥しがちなところがある。確かに、体型は昔ほど筋肉質でも痩せ型でもなくなりつつあった。それから上着を羽織る。ポケットにはライターとタバコとハンカチ、それにちり紙。靴下を履こうと前かがみになると、筋肉痛が腹部をつねった。