グレゴールの卵

 近頃いわゆる夢日記ばかりを書いている。それがどういうことなのか、わたしにはよく分からない。いやな夢をよく見るのは確かだ。わたしにはそういう時期がある。だが、そのいつもいつも、見たものを書こうと思うわけではない。ただ今回は、書かなくてはならないと思う夢が多かったというだけだ。なぜ多かったかは分からない。
 上の記事、猫の夢は確か木曜の夜(金曜の朝)くらいに見たはずだ。これももうひとつの夢の話、昨晩、つまり今朝起きたら覚えていた夢のことである。


 PCに向かい何かを打っていたら、そのキーボードに大きな虫がとまっている。汚れた白色かクリーム色、ところどころ黒い斑点が浮いている。甲虫のようだ。見下ろしているはずなのに、なぜかその虫の背中しか見えない。まるで自分が昆虫と同じサイズになってしまったかのようである。鉤爪の並ぶ節をつないだ折れ曲がった脚がキーボードにしがみついている。ワックス張りのその脚はゴキブリのものを思わせる。幅は四五センチもあっただろうか、背中しか見えていないのだが、体長は優に十数センチにもなっただろう。並んだキーの列と列は、その腹部がもぐりこめるほどの隙間が開いている。現実のキーボードにそんな隙間があるわけもないのだが、昆虫はそこにお尻をすべり込ませている。その隙間からボードの置かれた机が見える。覗き込んだ机の上はほこりか、何か食べ物のカスか煙草の灰かで汚れている。まるで家具の裏のような汚さである。そのだらしなさにわたしは恥かしくなる。
 ようやく虫の頭が現れ、それが巨大な長い角を持っていると分かる。熱帯の鳥のくちばしに似て緩やかに湾曲したその一本角は、だが脚と同じく油染みた黒光りをし、むしろ生ゴミにたかるカラスを思わせる。角をみて、ようやくわたしはヘラクレスオオカブトムシだと悟る。子供の頃に図鑑で見た写真のままの姿をしている。甲虫はプラスチックにへばりつき、突き出された尻から、半透明な粘液の泡を垂らしている。まさか産卵しているのかと驚いて、その不気味な粘液体よく眺めるが、それはやはり唯の泡である。ほっとして、考えてみれば角のあるオスが産卵するわけはないと胸をなでおろしたのだが、例のキーボードの隙間にも同じような粘液の塊があることに気づく。こちらの方はさらに白色かかっており、球状のぶつぶつを粘つく液が絡めている。やはり卵であるようだ。こいつが産んだのだろう、やっかいな場所にしてくれたものだと思う。虫の卵というよりは、むしろ海亀のものを思わせる。