梅雨の日

 子供が手の平を張りつけたのだろうか、窓は垢じみて汚れていた。喫煙の車両は大方満席で、けれど子供連れの姿はなかった。梅雨のうす曇りが山並みに重たく霧をかぶせていた。樹々から湧き上がる蒸気と混ざり合い、擬足を裾野に垂れ流して白く煙っていた。文面を考える指先は携帯にもたれて麻痺したままで、なかなか送信のボタンは押せそうもない。それから一個席を隔てた安背広が、そぐわないオレンジのシャツからライターを取り出したのでわたしもタバコに火を点けた。朝から何も入れてない胃袋にやにの味がきしんで、吸い口がいやな唾液で湿っていく。きしきし金属音の独り言をごちながら、その中年は中指と親指で紙巻をつまんだ。三下ヤクザの仕草が車内の安っぽい湿り気を上昇させる。競馬か何かの話題、とんがったつま先の革靴でこつこつこずかれた紙張りのトランクからはヤニでふやけたトランプカードでも飛び出してきそうで、思えば薄茶のネクタイも薄くなでつけたポマードも田舎劇場の臭いがする。しわくちゃの新聞から上げた眉毛とあわないように、わたしはまた外を眺める。
 長雨。降っているのかどうかも、厚プラスチックをすかしては分からない。固く絞った手の骨がじんわりぬかるんでいく。眠れなかった昨夜の影がまぶたを生暖かくしている。突然に入るトンネルの暗闇は窓を別のなにかに変える。けれどもそれを睨みつけて、睨みつけて上を向く。