恋する凡人

先日スピッツのシングル「つぐみ」が発売された。例によって当然のように購入したのだが、初聴の印象はよいものの、はっきりとそこまでいいとは思わなかった。
ただ漠然と、聴き込むうちによくなってくるだろうな、という予感があったのみだった。


それが数日流しているうちに、突然、曲の世界がひらけた。


「つぐみ」 これは確かにいい曲だ。だがいい曲止まりだ。
問題はその後にライブから収録されている「恋する凡人」。これがちょっと普通でなかった。
曲調の疾走感、聴くうちにだんだんとつながってくる言葉の世界、それまで断片でしかなかった語と語が、あるときにしっかり自身の抱えた言葉とひっかかり、つながって、見たことのある、けれど見たことのない、見たくもなかった懐かしい世界が無理やり開かれその中に転がり込まされる。どこまでも転がって行かされる。断片をまとわりつかせて、断片になって、その断章の終わりの崖まで。



       凡人 狂った星 進化 どしゃぶり 雑草 歌詞。



草野正宗のいつものフレーズだ。そう思って流していたものがからみついてくる。蹴り飛ばそうと、踏み潰そうとした雑草が足を取るように。俺を転ばせる。どこまでも転ばせていく。



       恋する凡人、「変わりたい」何度思ったか、今走るんだどしゃぶりの中を、定まってる道などなく、雑草をふみしめて行く、これ以上。



       やり方なんて習ってない自分で考える。意味なんてどうにでもなる。進化する前に戻って何もかもに感動しよう。
       まともな星。おかしくなっていたのはこちら。君みたいに良い匂いの人に生まれて初めて出会って。これ以上は



既視した光景が自分の中に勝手に展開される。ああ確かにそうして俺も走ったのだどこまでも。今ももう全て忘れたけれど意味もなくしたけれど目的も目標も忘れさったことすら忘れたけれど失ったけれど、ただ今もまだ俺も走り続けていたのだ。まだ走り続けていたのだと、痛みと疾走が蘇る。



       今走るんだどしゃぶりの中を 明日が見えなくなっても
       君のために何でもやる 意味なんてどうにでもなる
       力ではもう止められない


       そうだ走るんだどしゃぶりの中を 矛盾だらけの話だけど
       進化する前に戻って なにもかもに感動しよう
       そのまなざしに刺さりたい


       走るんだどしゃぶりの中を ロックンロールの微熱の中を
       定まってる道などなく 雑草を踏みしめてく



定まってる道などなく雑草を踏みしめてく。自分がまだ走り続けていたことも、何かに向けて走っていたことも忘れた俺を揺り起こす言葉。意味も目的も失ってもう、トロフィーもない疾走だけれども。俺も走っていたのだ。
蘇った疾走の高揚感。定まってる道などなく雑草を踏みしめてく。だが「これ以上は歌詞にできない」。



       走るんだどしゃぶりの中を ロックンロールの微熱の中を
       定まってる道などなく 雑草を踏みしめてく
       これ以上は歌詞にできない



失ったことすら失ったランナーであることを容赦なく俺に突きつける。これ以上は歌詞にできない。そうだこれ以上はもう言葉も届かないのだ。意味も目的も忘れてそれでも走り続ける俺が届かないその先。何があったか確かにしっていたけれど知っていたことすら失った先。その疾走から許されて崖から足を踏み外すその時まで凡人は走り続けるしかないのだろう。

つぐみ

つぐみ