階段

ビルの屋上の鉄階段は妙にはっきりとした輪郭で、足元から頭の上まで伸び続けていた。踏み台の隙間から切り取られた下界が遠近感をなくしてそこにいる。わたしは手すりをしっかりと捕まえて、平衡感覚を失った者の足取りでそれでも一歩ずつ登る。明け方の雑…

梅雨の日

子供が手の平を張りつけたのだろうか、窓は垢じみて汚れていた。喫煙の車両は大方満席で、けれど子供連れの姿はなかった。梅雨のうす曇りが山並みに重たく霧をかぶせていた。樹々から湧き上がる蒸気と混ざり合い、擬足を裾野に垂れ流して白く煙っていた。文…

礼法

先だって京都で酒を飲んだ際、男が女と酒を飲んで、それで女性が酔ってしまったなら、それは男が酔わせたということなのだ、ということをいった。いくらか時代錯誤な、女性蔑視的な言説かもしれないが、どんな事情があろうと、たとえば彼女の体調がその日た…

シュール

──先生んとこにホイットマンの詩集は、ありませんか。この前お借りしたボードレール全集は、まだ、すっかり読まないんですが、「ファンファルロ」はいいですね、それから「貧者の眼」「けしからぬ硝子屋」、散文詩の……。私は、詩を勉強したいと思うんですが…

もんじゃ焼き

きのうもんじゃ焼きを食べた。ちょうど人生の半分昔に初めて食べて、これが二度目になる。当時わたしは中学生だった。近所のお好み焼き屋で、名古屋では珍しいもんじゃ焼きを始めたというのでひとりで行った覚えがある。内装だけはきらきら立派で、けれどさ…

好青年

来日中のリチャード・パワーズとお酒を飲む。パワーズは臙脂色のセーターを着てわたしの前に座っていた。好青年といった感じのひょろ長い男で、とても五十前には見えなかった。

いやに冷静なわたしもいて、感情のブレーカーも落ちたのだろう。この日常の結末までを眺めていた。足元から奈落に崩れ落ち、滑稽な道化芝居も突然に終わる。馬鹿馬鹿しく悲劇的な笑うしかない舞台の終わりを時計仕掛けの冷めた目で幕の途中から見通した。ど…

覚めない夢

それは突然に始まった。坂の方から人々が降りてきた。そこは田舎の山道で道の脇には崩れかけた小屋もある。日差しは冷たく右上の天から降ってきて土の地面にモノトーンの影を落とした。大勢が何かを言い合う声と鉄がぶつかる騒音と、坂は寒くて何を言ってい…

久しぶりの厨房

ものを作らなくなって久しいが、久しぶりに料理をした。食べてくれる相手がいないと料理すらしなくなるもので、実家に帰った時を除けば四年ぶり近い料理である(書いてから思い出したが、半年前にも料理をしている。研究室の後輩二人が遊びに来たことがあっ…

今日のこと

卓上時計が十二時の少し前で止まっていて、これから何かをしようと思い、けれど何もすることが見つからなかった時、わたしはさみしいのだなと気づいた。がらがらと口をすすいだ水道を閉めて、少しくたびれたタオルを替えて、それでやることもなくなった。思…

消えたもの

いろいろなしがらみが消えていく、と昨日書いた。新年からのこの日々は、いろいろなしがらみが目に見えて消えていった。遠くへ行った人々、連絡のつかなくなった知己たち、人々だけではない、身分証明や履歴書のそれぞれの欄に書けることも減ってしまった。…

私信と、そして私信以上のものとして

届かなかったメールに代えて。 Kくんへ(関東へ行った、阪神ファンのKくんへ)お久しぶり、どうしているかな。関東の水にもなれた頃かとも思う。去年の日本シリーズはあっという間に四連敗してしまって、なんだかあっというまに終わってしまったね。 たい…

半年ぶりに

お久しぶりです、ご無沙汰いたしまして申し訳ございません。 自分が半年ほどぼんやりしている間に、それぞれの世間ではそれぞれにいろいろなことがあったようです。秋頃はまるで呆けたようになっており、感情も感慨も動かない日々を過ごしておりました。阪神…

方針

なるべく小さな言葉を書こうと思う。鉛筆を支える、人より短い三本の指でつまめるくらいのことを書こうと思う。わたし自身にしか分からないことになってもよい。誰からも興味をもたれないくらいでいいと思う。わたしも誰にも興味がないのだから。顔を知って…

序列と断片と

感情の序列について。何かを言おうとすること。は、ときどき作業になってしまう。形を整えるにしても、無理やり押し付けるにしても。

メモの仕分け

ブックマークにフォルダ機能が無いかと思い小一時間探すが見つからない。他の方のを拝見した時には、それらしきものを見た気がするのだが分からない。仕方ないのでタグで代用。 実はわたしがブックマークをしているのは、たいてい自分が考えていること(すな…

誰かの声が

大体常時何か音楽を流している。聞きなれた古いCDであることが多い。コンポが壊れてからというもの、PCのチャチなスピーカーを使う機会が増えたようだ。かつてほど、大音量でかけることはなくなった。むしろ静かな部類だろう。隣室に親子が越してきてからの…

グレゴールの卵

近頃いわゆる夢日記ばかりを書いている。それがどういうことなのか、わたしにはよく分からない。いやな夢をよく見るのは確かだ。わたしにはそういう時期がある。だが、そのいつもいつも、見たものを書こうと思うわけではない。ただ今回は、書かなくてはなら…

猫を殺す

穏やかに右手に力を込めると首はあっけなく砕けてしまった。わたしは猫を殺した。柔らかな頭蓋を損なわぬよう、ただ頚骨だけが挫かれるよう、精密に動かした手の中の感触が指の砂粒に残っていた。音はしなかった。乾いた落雁を潰した手触りに似ていた。 また…

泥酔者の告白

コメントに代えて: 記事にいただいたコメントにお返事を打とうとしたのですが、どうも長く、またまとまらないものになってしまったので、こちらに書きました。 たぶんわたしはもともと酔うこと自体は好きじゃないのでしょう。飲んで話したり騒いだりは嫌い…

酔っ払い

前期打ち上げの飲み会。ひと月ほどアルコールを口にしていなかったせいか、量の割に酔っ払う。それまでしばらく禁酒していた。禁酒なんてものでもないが、ひとりでは飲まない、食事代わりに酒を飲まない、明るいうちからなるべく飲まない、そんなふうに生活…

絵葉書

金曜日は街に出た。ポストカードと紅茶を買った。薄紫の光景につぶれたパステルのピエロが踊る。お手玉は折り紙の形でピエロの空を取り巻いている。薄紫のやさしい絵。脆くなったわたしの目には雨の夕方に映ってしまう。そんな買い物をした。 Zappa le Clown…

不審なアンテナ

ここ数日アンテナの挙動がおかしい。まるで自分の調子の悪さが感染しているようだ。その上異常に重たくてアンテナ自体に行けなかったり、あるいはアンテナを見ることはできても、登録してあるサイトへ飛べなかったりする。DDoSでもされてるんじゃなかろうか…

美について

どこで読んだのか、何で知ったのかも思い出せない。原文も覚えていない。確かポオ(Edger Allan Poe)の言葉だったと思うが間違っているかもしれない。「この世で、この世界で最も美しいのは、若く美しい少女が死ぬことである」こんな言葉だった。ポオで間違…

断片と雑記

何かを書くのが最近辛い。何とかゴールにたどり着けたものも、たいていは無理やり、力ずくでこぎつけたようなものばかりである。そしてそのゴールの半分くらいは、本当はただの休憩所で終着点ではない。わたしが語ろうとしていること、語ることで作り上げよ…

異物の語り手

7/8「わたしについて」の続き 何かを語るとき、わたしはいつも歪んだ自分自身の像を突きつけられている。語るということは、それ自体がその語り手の姿を規定する。語り手が、語られることを決めているのではない。語りがその語り手を作るのである。 前回の記…

コメント

邪魔なので移動します。 # みんなのプロフィール 『ブログ開設おめでとうございます!アクセス数を上げるために当コミュニティサイトに登録しませんか? http://profile.zmapple.com/cgi-bin/profile.cgi より多くのひとに貴方のブログを見てもらえます。参加…

締まりのない夢の話

だらだらと長い夢を見た。寝たのが十時過ぎ、目覚めたのが零時をやや越えたくらいなので、ちょうど二時間ほど睡眠を取ったことになる。最近のわたしの睡眠時間はだいたい一日二時間から四時間である。 幽霊の出てくる夢、細部が妙に子供っぽい、設定は幼稚と…

覚え書き

その中でわたしを選んだ理由 Iとの相違、及びIでも結局同じであること 離人感 着替え、本体論の無意味さ 所属の問題とアイデンティティ

わたしについて

去年買ったジーンズはところどころに石灰色の光線が未発達の葉脈のごとく入っているが、全体としては濃い紺色を保っている。ジャンバーは年代物で地色はまだら、崩れた型と固まった折り目の取り返しはもうつかない。濁った天気に似た薄クリームのTシャツの…